税金それホント?
2011.2.1
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104.納税者権利憲章制定等に関する意見書

2011年度税制大綱に基づく2011年度税制改正法案が通常国会冒頭に出されることになっています。
「国税通則法」を「国税手続き並びに納税者の権利・義務法」に改変し、納税者の権利と義務を明確にするというものです。
これまでわが国には納税者の権利を明記した法がないため「納税者権利憲章」を制定すべきであると主張してきましたが、その一部が法律として制定される可能性が出てきました。しかし、大綱で示された内容には多くの問題が含まれています。
東京税財政研究センタ−は大綱に示された納税者権利憲章の問題点について別紙のような意見書をまとめ、政府、民主党はじめ各関係機関に意見を表明しました。

納税者権利憲章制定等に関する意見書

東京税財政研究センター
理事長 永沢 晃
東京都新宿区百人町1−16−18
Tel (03)3360-3871

 東京税財政研究センターは、納税者の権利利益の擁護、税制・税務行政の民主的改革を求めて研究活動を行う、税理士、弁護士、研究者や税務実務家による研究団体です。
 私どもは、昨年の政権交代後重要な政治課題としてその制定が日程に上っている「納税者権利憲章」に関して、平成23年度税制改正大綱(以下「税制大綱」という。)が昨年12月16日に閣議決定されたことに伴い、その内容について重大な懸念を持っております。納税者権利憲章の制定は、長期にわたる納税者運動の悲願であることに加え、今日の世界のすう勢が納税者権利憲章の制定を当然のこととしている状況、それはOECD加盟30か国中わが国だけが制定をみていないことに端的に表れていますが、急がれる政治課題でした。しかし、税制大綱が示したものは、納税者権利憲章を制定するとしながらも、国税通則法の大きな改正を行い要請とはかけ離れた内容を持つものになりかねないことから、この状況を看過することはできません。私どもは、学界や関係団体の意見を十分に聞いた上での再検討と慎重な国会審議を求め、「納税者権利憲章制定等に関する提言」を発表しました。

1 納税者権利憲章の制定に課税庁の権限強化をあわせて法案化すべきではない。
 1990年にOECDが公表した報告書「納税者の権利と義務」は、各国の納税者権利憲章の制定や改正に大きな影響を与えています。同報告書は、納税者と税務当局との関係が変化しており、多くの国が納税者に対するサービスの改善に努力しているとの認識の下で、納税者の権利を保護する法律や規則を強化し、税務当局の権力を小さくする政策に注目して、各国において納税者の権利として確保すべき基本的権利1を抽出しました。わが国はOECD加盟国として、当然に、この基本的権利1の水準を下回ってはならないものと考えます。

2 行政手続の一般法である行政手続法を税務行政に原則として適用すること。
 国税通則法74条の2は、行政手続法の規定の多くを適用除外としています。行政手続法3条1項6号、14号も同じであり、行政手続法の定める手続水準を最低限のものとしてこれを原則税務行政に適用すべきです。

3 納税者権利憲章に裁判規範性を持たせること。
 税制大綱では、納税者権利憲章は、法律に根拠を持つ「行政文書」とされています。それを単に、宣言的文書とすることなく、憲章に違反する行政行為が行われた場合、納税者が裁判に訴えることができる裁判規範性を有するものとすべきです。したがって、税制大綱が納税者権利憲章の作成は国税庁長官に委ねるとしていますが、記載される権利内容については基本的に法律に規定すべきであり、「納税者義務の一覧」などにならないよう国会その他の機関による事前チェックの仕組みが必要と考えます。

4 税務行政手続は納税者の権利の観点から法律に規定すること。
 現行の国税通則法をはじめ租税法規は、納税義務に関する課税庁の権限と納税者の受忍義務の範囲を確定するという観点から規定されています。いわば義務の体系化がなされているわけで、権力行政の典型である税務行政においては、行政権限行使の限界を明確にすることを通じて、納税者がどのような権利を有し、保障されるのかという観点から規定されるべきであり、国税通則法の改正を行う場合は、その全面的な書き換えをすべきです。

5 「誠実性推定の原則」を法律に明記すること。
 納税者権利憲章を制定するに当たっては、法律に納税者の権利保護を図る趣旨を明確に定めるとともに、「誠実性推定の原則」規定を明文で定めるべきと考えます。2002年7月12日に民主党・日本共産党・社民党の当時の野党三党が共同提案した国税通則法一部改正案には、「国税当局は、その職務の執行に当たっては、国民の権利利益の保護に常に配意するとともに、国民が納税に関して行った手続は、誠実に行われたものとして、これを尊重することを旨としなければならない。」(国税通則法4条の2第4項;廃案)と規定が置かれていました。当然のことですが、納税者はこの原則の下で、主権者として公平・公正かつ丁重に扱われる権利があることが納税者権利憲章に記載されるべきです。

6 租税確定手続の法制化にあたっては以下の点を見直すこと。
 (1)事前通知を行わない場合の例外規定は限定的なものにすること。
税制大綱は、事前通知を文書で行うとしているのは妥当ですが、「調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」がある場合は事前通知しないとしており、例外規定を広範に認める可能性があることから、例外事由を具体的に限定列挙して法律に規定すべきです。実務においても、税務調査の大部分は口頭による事前通知が行われていますが、これを下回ることがないように手当てされるべきです。

(参考)現行の実務上の基準(「税務調査の際の事前通知について(事務運営指針)平13.3.27)
事前通知を行うことが適当でないと認められる次のような場合については、事前通知を行わない。
① 業種・業態、資料情報および過去の調査状況等からみて、帳簿書類等による申告内容等の適否の確認が困難であると想定されることから、事前通知を行わない調査により在りのままの事業実態等を確認しなければ、申告内容等に係る事実の把握が困難と予想される場合
② 事前通知することにより、調査に対する忌避・妨害、あるいは帳簿書類等の破棄・隠ぺい等が予想される場合

(2)事前通知は一定期間を確保して日時指定を行うよう義務付けること。
 税制大綱は日時の変更を認めています。納税者の事業や生活への配慮として、事前通知は少なくとも調査開始14日前までに行うべきこととすべきです。

(3)納税者が必要性を判断できる程度の調査理由の開示を義務付けること。
 調査理由(必要性)があらかじめ明示されることは重要であると考えますが、税制大綱には調査理由の開示に関する明瞭な記述がありません。事前通知に「調査の目的」を書くこととしていますが、その例示が「○年分の所得税の申告内容の確認等」としているのは、調査理由としては不十分かつ不適切です。納税者が、調査の合理的必要性と客観的必要性が判断できる程度、納税者が受忍義務を負うことが具体的に理解できる程度に理由が告示される必要があります。

(4)取引先等への調査は原則として制限すること。
 納税者の取引先等への調査は、第三者に対するものである以上、調査対象納税者に対するよりも厳格に調査の必要性が判断されなければなりません。納税者本人の調査において、その調査だけではどうしても課税標準等及び税額等の内容が把握できないことが明らかになった場合に限り、かつその限度においてのみ取引先等への調査(反面調査)が可能であるとする明文の規定を置くべきです。

(5)調査結果による申告の是正は更正・決定処分を前提とすべきであり、「修正申告書等の勧奨」を可能とする規定は設けないこと。
 税務調査が、課税庁に与えられた権限に基づいて行使される以上、その結果当初申告が是正される必要が明らかな場合は、更正処分が課税庁の権限によってのみ行い得るものであり、当然に更正処分すべきものと考えます。更正(あるいは決定)に代わる手続として、修正申告(あるいは期限後申告)という「処分」があるはずがありません。修正申告をさせることにより爾後の権利救済の道が閉ざされるのですから、納税者の権利保護のシステムに「修正申告等の勧奨」可能な制度の導入はきわめて不適切です。税制大綱は調査結果の説明を義務付け、また処分に理由附記を義務付けるとしているのですから、これらの納税者の権利の観点とは逆に権利制限に道を開くのは道理がありません。

(6)当初申告是認の場合はその旨を通知し、再調査の規定は設けないこと。
 税制大綱は、調査の結果申告是認となる場合は、「その時点で更正・決定等すべきと認められない」旨を記載した通知書を交付するとしていますが、これは再調査を前提とした表現であり適当ではないと考えます。調査結果に基づき、明瞭な表現で「申告是認通知書」を交付すべきです。現行の国税通則法第26条が再更正の規定を置いており、再調査を可能とする規定を重ねて設ける必要性はありません。

(7)調査遡及年数について任意調査は原則3年までと法定化すること。
 税務調査は何年間遡って可能かについての規定は存在しません。実務上は、更正の期間制限(除斥期間)にあわせて課税庁の裁量により行われています。税制大綱は、更正の請求の期間の5年への延長にあわせて更正の期間制限も3年から5年に延長するとしています。その結果、「自動的に」調査遡及可能年数が延長されることがないよう、調査遡及年数についての制限規定を設けるべきです。

(8)課税庁と納税者との対等性の観点から税務調査における納税者の「録音権」を認めること。
 税務調査が公権力の行使として行われることから、課税庁と納税者との関係は対等なものではありません。今日、刑事手続においてカメラ撮影(録画)が議論されていますが、税務調査における対等性の確保の観点から、少なくとも納税者に「音声録音権」を認めるべきです。

(9)質問検査権行使の範囲は拡大すべきではなく、帳簿書類の借用手続の法制化は不要である。
 税制大綱は、質問検査権に関する規定に「調査の相手方に対し、帳簿書類その他の物件(その写しを含みます。)の『提示』『提出』を求めることができることとします。」と、調査権限の拡大強化を盛り込んでいます。納税者の権利の観点から税務調査手続の明確化がなされることには賛成ですが、それに際して課税庁の権限を強化するのは適当ではありません。この「提示」「提出」は、調査の事前通知に「調査の対象物件」が明示されることに伴うものと説明されています(12月7日税制調査会資料)が、12月6日の民主党「平成23年度税制改正主要事項に係る提言」が、国際課税における「税務調査権限の明確化」として、「納税者が国外に保存する文書も含め、税務当局への提示・提出を求めることができるということを明確にすべきである。自国の納税者が国外に保存する資料の入手について、現行の質問検査権の条文は不明確である。」としたことを反映したものと思われます。しかし、なんらの制限なく「提示」「提出」を求めうる権限を規定することは、質問検査権を一般的に拡大することにつながり、このような規定の創設については慎重な検討が必要です。また、実務上行われていることを理由に、任意調査における帳簿書類等の借用手続をあえて法律に盛り込む必要性は認められません。

7 税制大綱には、徴収手続における納税者権利保護がまったく欠落しており、調査手続とあわせて法制化すること。
 納税者権利憲章の制定に関して、税制大綱には徴収手続についてはまったく触れられていません。税制大綱が、各種税務手続の明確化等についての規定を集約するとしながら、徴収手続が欠落するのはまったく不適切です。法律上の差押前の事前通知は督促状のみであり、催告など「実務上の手順」が踏まれているにすぎず告知手続の法制化が必要ですし、徴収手続における聴聞と弁明の制度化(行政手続法第3章)が検討されるべきです。換価の猶予や滞納処分停止についての不承認・承認の取消しについて聴聞・弁明の機会2が認められるべきであり、あわせて、換価の猶予は申請を原則とし、分納制度の猶予期間の延長、適用要件の緩和等について見直すべきと考えます。また、督促から差押に至る期間が現行では「督促状を発した日から10日を経過した日」(国税通則法40条)とされていますが、あまりに短いことから、少なくとも30日間(米国の例)程度に延長すべきであり、さらに、納税者の預金口座に振込まれた年金や児童手当等の差押禁止財産の扱いについて、納税者の視点に立って見直すべきです。

8 納税者権利救済手続について以下の点を見直すこと。
(1)不利益処分を行う場合の理由附記を義務付けるに当たり記帳義務等の強化とリンクすべきではない。
 課税庁が、更正・決定等の処分を行うに当たっては、あらかじめ、根拠法令や処分基準を書面で納税者に知らせることを法律上明記し、すべての更正・決定等の通知書には処分理由を附記することを課税庁に義務付けるべきです。税制大綱が、すべての処分について原則として理由附記を実施するとしながら、すべての白色申告者に記帳義務・記録保存義務を課し、理由附記の内容をその記帳等の程度に応じてスライドするとしているのは、制度改革の目的を誤っています。所得金額300万円以下の零細な事業所得者等に対して記帳義務等を課すことについては、その事業の規模と生活の実情、事務負担や費用負担の増加をあわせて考慮し、慎重に検討すべきと考えます。なお、理由附記の程度については、課税庁の恣意的判断を抑制すると同時に、納税者が更正等の処分に対して十分に防御権を行使できるように、具体的でかつ納税者が理解できる程度に平易なものとするよう義務付けるべきと考えます。

(2)更正の請求期間の延長にあわせ職権更正の権限を5年に延長する必要はない。
 更正の請求は、法定申告期限から1年間に制限されているのは、納税者にとって厳しい制約であること、他方、税務署長の職権による更正処分は5年間可能であることから対等性が問題視されてきたものです。税制大綱が更正の請求期間を5年に延長するのにあわせて、増額更正の期間制限を3年から5年に延長することに理由が見出せません。この期間は調査の遡及年数とも関係しますので、3年3を維持すべきと考えます。なお、「故意に内容虚偽の更正の請求書を提出した場合を処罰する規定を設ける」とするのは、その真意が汲み取りがたく、納税者の権利保護を図ろうとするときに租税刑罰の強化をすべきではありません。

(3)不服申立制度の改革を先送りしないこと。
 税制大綱は、不服申立期間、証拠書類の閲覧・謄写の範囲、対審制、不服申立前置主義の仕組みのあり方について、内閣府の行政救済制度検討チームの今後の議論の方向性に委ねようとしています。その上で、①不服申立期間の2月の期間制限を延長の方向、②証拠書類の閲覧・謄写の範囲については拡大する方向、③不服申立前置は2段階の現行制度を抜本的に見直す方向を示して、検討課題としています。不服申立前置主義についてはこれを廃止し、異議申立て、審査請求、または訴訟を提起するかは納税者が選択できる制度とすべきと考えます。また、国税不服審判所の組織改革について、税制大綱は審判所の所管を含め組織と人事のあり方の見直しを検討課題とするにとどまっています。国税不服審判所の独立性を保障する機構の抜本的見直しが求められますので、当東京税財政研究センターとして別途意見を申し出たいと考えています。

9 新たな租税罰則は設けないこと。
 税制大綱は、新たに「無申告脱税犯」および「不正受還付未遂犯」の罪を創設するとしています。これらは、昨年の罰則の強化の際にも提案され見送られたものであり、また「無申告脱税犯」は1962年の国税通則法制定時にも提案されたものの成立をみなかったものです。このような罰則の新設が再三にわたり提案され、しかも納税者の権利保護の拡充が課題とされているときに、軽々に議論されるべきものではないと考えますので、撤回すべきです。

10 課税庁の職場環境を納税者サービスを基調として改善すること。
 納税者権利憲章の制定によって、定められた諸手続が適正に実行されるためには、税務職員の負担が取り除かれなければなりません。税務調査や徴収における運営指針や執務マニュアル等を納税者権利保護の観点から抜本的な見直しを図るとともに、適切な管理運営が求められます。また、納税者権利憲章の制定に当たり、税務職員に対する研修教育が十分に行われなければなりません。さらに全体として業務量の増加が予想されることから、職員の増員を図る必要がありますし、調査・徴収事務に従事する税務職員の処遇改善が考慮されるべきです。そして、ノルマを課して徴税強化を行うような執行方針と体制をとることのないよう規制される必要があると考えます。そのためにも民主的な人事評価制度を導入すべきです。

11 国税庁組織の独立性を高めること。
 国税庁が他の政府機関等から支配介入等を受けることのない独立性の保障と、その担保として外部からの監査を受ける仕組みが必要であると考えます。すなわち、オンブズマン制度の導入、納税者権利保護のためのオンブズマンへの適切な権限の付与、その人選と人事の独立性の確保策、国会と政府への定期的な監査報告の義務付けなどが盛り込まれるべきです。独立性保障の観点から、旧社会保険庁との統合による「歳入庁の設置」構想については、これをすべきではないと考えます。あわせて、国税庁の内部組織のあり方についても、納税者権利保護の観点から、真に国民・納税者のために奉仕するサービス行政機関となるよう民主的な組織改革を進めるべきです。

1この基本的権利は、①情報提供を受ける権利、支援される権利、知る権利、②不服申立ての権利、③正しい税額のみを支払う権利、④予測可能性が確保される権利、⑤プライバシーの権利、⑥納税者情報が守秘される権利、などとされる(OECD文書GAP002)。
2 ただし納税の猶予の承認取消しには弁明手続がある(国税通則法49条)。
3バブル経済崩壊後の金融機関不良債権処理と企業再生支援を目的として、2004年改正で欠損金の繰越控除期間が7年に延長されたことに伴い、法人税の更正の期間制限は5年に延長されている。



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