前代表社員長崎真人自分史
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第一部】第十五話 敗戦そして亡国の民に吹きすさぶ戦後の嵐(
 
除隊だ!除隊だ!

 しかし、それは1週間と続かなかった。突然「除隊」の報が伝わってきたのだ。「除隊だ」「除隊だ」と隊内は忽ち沸き返った。鬼のような下士官さえ相好を崩して、もうどうにも笑いが止まらぬ有様だった。
 何たる事ぞ、陛下の忠臣も「除隊」となれば話が別であった。あれほど激越だった議論も、先程までの決死の意気込みも一瞬にして吹き飛ばしてしまった。
 現金なものだ。兵隊にとって「除隊」ほど何にもまして強力なものは、この世になかったのだ。
 このときの経験は、私に重大なひとつの思想を植え付けた。
 「どんなに叩き込まれた理屈も、人間の本能の前には無力である」と言う事。「人間本来の姿に反する思想は、それがどんなに根強く見えても、必ずもろくも崩れ去るべきものに過ぎないのだ」と言う事。全くもってお笑い種であった。
 
 8月末、続々と皆母校へ帰ってきた。級友再会。懐かしい校庭で肩を抱き合って喜んだ。部隊長の配属将校が、最後の訓示をした。「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」と、勅語から取った言葉をクドクトと言っていたが、ロクに耳に入らなかった。
 此処までついてきた本物のゾル(とは言え彼らも、もとは召集されてきた身)の下士官たちが哀れであった。「君たちはいいなあ、また立派な学生に戻るんだ。俺たちはな何時故郷に帰れるか判らん。それにもともと百姓だ。君たち偉くなったら宜しく頼むよなあ」と肩を落として言った。その言葉に如何にも真実味があって印象に残った。

 講義は9月10日から再開されると言う事で、それまで休みになった。
級友再会