前代表社員長崎真人自分史
目次へ 前のページへ 次のページへ
第二部】第一話 万感の想い込め、さらばイラ・フォルモサ(まえがき)
 
猛烈な低気圧に巻き込まれ

 高雄港を出て3日目か4日目か、船は折悪しく強い低気圧に巻き込まれた。物凄い揺れだった。生きた心地もなく布袋のように横たわる引揚者たちの身体は、寝たまま板敷きをズルズルと滑って、左右に上下になされるままだった。
 横波がドンと船腹に当たり、まるで魚雷を喰らったように、薄い鉄板の船体に反響して恐怖をそそる。丸一昼夜、船は嵐に翻弄されて、同じところをグルグル廻りしていたと言う事だった。

 翌朝は、嘘のように晴れ上がり、波も凪いで、見渡す限り遮るもののない大海原であった。

 
 船客は皆、昨夜の嵐に打ちひしがれて誰一人立ち上がるものもなかったが、若さと言うのは有難いもので、私だけは乗船以来船酔いもせず食欲も衰えず、誰も口にしないドロドロのヒジキの雑炊を腹一杯食べ、早速、独り甲板に出て見ると、そこには雄大極まりない大自然があった。
 濃紺の黒潮は大きくうねり、それを割って走る船のしぶきの白さと、鮮やかなコントラストをなして美しかった。見とれていると、この大海原に唯一羽、海面すれすれに飛んでいく大きな渡り鳥がいた。あっと驚く間に、銀鱗を閃かせて数十メートルも飛んで波間に消える飛び魚の姿を見たりした。
とびうお