前代表社員長崎真人自分史
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第一部】第十話 太平洋戦争始まる/黒瀬さん(姉の恋人)の戦死(
 

後日談=黒瀬さんのお母さんの事

 ずっと後の話になりますが、終戦後一家が新潟に引揚げ、姉は相沢家に嫁ぎ、すでに長男の哲夫を得ていた、その誕生間もない時のことでした。母と姉は、その哲夫君を抱いて黒瀬さんの実家を訪ねました。戦時中に聞いていた所番地を頼りに、田舎道を訪ね歩いたそうです。
 黒瀬さんの家は、母ひとり子ひとりだったそうです。そのただ一人の息子を亡くした母は、死んだ息子に縁があったという突然の来訪者に、半ば錯乱した態で「貴方が息子の手紙に書いてあった悠子さんですか、それではこのお子が私の孫になる筈だったのですね」と言って哲夫君を抱き締め、仏壇に向かって「博!悠子さんが来なさったよ」と声を上げて泣いたと。

 
 同じ年の6月、旧制高校の卒業年次が半年短縮され、9月からの東大入学に間に合わせるため、明兄は、慌しく我が家を離れ、単身内地に向かう事になりました。内台航路の安全は、すでに失われていました。運良く内地に辿り着けるかどうかは、神頼みでした。

 母が、兄の身支度を調える傍らで、父が「もし潜水艦にやられて漂流することになったら越中ふんどしを長くたらして泳ぐのだ。サメは自分より長いものは襲わないそうだ」と言っていました。

 兄は、幸い無事東京に着き、東大入学を果たしたとの便りがありましたが、それ以後、戦後、一家が内地に引揚げるまで、音信不通でした。