前代表社員長崎真人自分史
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第三部】第一話 中央科学技術部長は赤シャツの似合う好男子()
 
まんじりともせぬ初めての東京の一夜
 石井部長のお宅を退出しTH氏とも別れ、頂いた地図を頼りに下宿に当てられた家に独りおもむく。渋谷から路面電車で20分ほど、三軒茶屋の次に「桜新町」と言う停留所があった。今は、立体式の高速道路が走り、都内でも有数の交通量の多い市街地だが、私が降り立った当時の「桜新町」は、人通りもまばらで閑静と言うよりも寂しげな住宅地だった。
 裏通りに入ると、どの家も生垣をめぐらして、人の気配も無い。幸い大して迷いもせず尋ね当てたその家は、こじんまりと古びた小さな家で、誠に品の良い老夫婦が出てきて、丁重に私を招じ入れてくれた。
 私に当てられたのは、玄関の土間からすぐの3畳の部屋で、鴻巣から鉄道便で送った布団袋が先に着いていた。
 
 その夜は、さすがに寝付かれなかった。あたりは物音一つしない。そのしじまに在って、独りみのちに燃えるものを抑えんとして、まんじりともしえなかった。
 静かに小舟は漕ぎ出された。岸辺近い川面は静まり返って何事もなく、掉さす小舟の主の行方に何があるか、誰も語りはしない。