前代表社員長崎真人自分史
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第一部】第六話「学芸会の主役に初恋?そして失恋!初めて知る階級の差/血に彩られた日本語教育の始まり」(
 
 劇の中盤まで、私は女のお人形とふたり、人形箱の中でじっと出番を待っています。おませな悪童は、それを「箱の中でいい事しただろう」なんて冷やかします。放課後、劇の練習のため呼ばれて女の子の教室に行くと、待ち構えていた女の子たちが「キャアお人形さんがきた」と言って大騒ぎし、今で言うアイドルのよう、田舎者の私は戸惑うばかりでした。

 そんな中で、お母さんねずみ役の女の子だけ、ほかの子と一緒に騒いだりせず、いつも物静かな笑顔を湛えていました。この子は級長もしていて、賢そうで品のある子でした。私は、何時の間にかこの子に惹かれるようになっていました。

 
 この子の家は、台湾総督府と向かい合った高級官僚の官舎街にあって、高いコンクリートの塀を巡らし、頑丈な鉄の扉がある立派なお屋敷でした。貧しい公学校教師の借家住まいの我が家とは比べ物にならない堂々たる外観でした。
 どうして私がそれを訪ね当てたのか判りません。休日の午後、私はその高い塀のうちに向かって「○○さん」と声を掛けました。待つ間もなく憧れの彼女が鉄の扉を開けて出て来ました。門の前にしゃがんで二人が何を喋ったのかは覚えていません。ほんの5分位の時間だったかと思います。中からお母さんらしい人の呼ぶ声がして、彼女は振り向きもせず行ってしまいました。