前代表社員長崎真人自分史
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第二部】第五話 ゼネスト中止の放送に男泣き()
 
第5話 ゼネスト中止の放送に男泣き
 「2.1ゼネスト」へ向けた全日本の労働者階級の総結集は、戦後の高揚期のひとつの頂点をなすものでした。
 戦後、日本を占領支配した連合国総司令部(GHQ)は、直ちに、日本軍国主義の解体に着手、戦犯の逮捕、治安維持法の廃止と特高警察の罷免、財閥解体、政治犯の釈放等、全面的に民主化政策を推進するかにみえましたが、終戦の翌年には早くも、対日理事会でのアメリカ代表アチソンの反共声明、「食糧メーデー」に対するマッカーサーの「暴民デモ許さず」の声明等、民衆的な運動の高まりを敵視する方向への、占領政策の転換が明らかになりつつありました。
 
 この時期、解放された民衆のエネルギーは、占領軍当局の思惑を凌駕するかの勢いを見せていました。

試験場に労組結成・青年行動隊を組織
  埼玉の片田舎、農事試験場の研究室の閉ざされた窓にも、その波は押し寄せていました。鴻巣試験地にも全農林の指導で労働組合が結成され、兄もその一人でしたが、中堅どころの若い研究員達の手で、民主化運動が始められていました。
 そんな空気の中で、私の読書は急速に一つの方向を持って進められていました。手に入る限りの、唯物論や社会主義・共産主義の文献、マルクスやエンゲルスやレーニンの著書が次々に読破されていきました。私の人生でこの時期ほど一度に多くの本を読んだことはありませんでした。この時期ほど、それが身についた時もなかった。