前代表社員長崎真人自分史
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第三部】第八話 浦島太郎の心境()
 
朝鮮青年の友情と銀座のポン引き

 手の空いた時間に、私は留置所で一緒だった同房者二人との約束を思い出し、再会を果たした。
 ひとりは朝鮮の青年で、ポン引きとはとても見えないキチンとした青年だった。
 教えられた住所は、浅草の観音様の裏手だった。賑やかな表通りとは対照的に人影もまばらな裏通り、バラックの二階屋がギッシリ建って迷路のようになった所を捜し歩いた。一帯はその種の夜の女性たちの寝所らしく、昼間は静まり返っていたが、シミーズ一枚で洗濯していた若いひとに聞くと親切に教えてくれた。
 
 彼も寝ていたようだったが、私を喜んで迎え入れてくれ、近間の食堂で昼食をおごってくれた上に、当時貴重品だった純綿の靴下何足かと、洋もく(アメリカ製のタバコ)一箱に添えて、現金のカンパを握らせてくれた。最高の厚意の表現だったと思う。
 1週間おいて、もうひとりの銀座のポン引きと有楽町であった。こちらは日本人、30歳前後だったと思うのだが、如何にも疲れきった顔つきに薄汚れた雰囲気を漂わせていた。
 早速私を小奇麗なレストランに案内した。食事が終わって驚いた事に「すまん。俺文無しなんだ」と言う。一瞬とまどったが、幸い先週、朝鮮の青年に貰ったカンパが残っていたので支障なく支払は済ませられた。話も何もない。単なるタカリだった。