前代表社員長崎真人自分史
目次へ 前のページへ 次のページへ
第三部】第八話 浦島太郎の心境()
 
丹沢・奥多摩の山並みを指差して   「解放区」を作るのだと言う

 彼は、かって青年共産同盟の中央書記局のメンバーだった。それが党中央青年対策部の部員として青年運動全般を指導する立場になっていて、私に面会を求めてきた。その年も歳末に近い時期だったと思う。門前仲町の路上を歩きながら彼の話を聞いた。
 「世が世なら、ひと月くらい温泉ででも休養してもらいたい所だが」と言う。私は23日間ゆっくり休んで栄養も充分、全然気にしないで貰いたいと言うべきだったが、黙って彼の雄弁を聴くことにした。
 
 彼は、夢見るような眼で、雲ひとつなかったその日の空の向うを指差して「丹沢山塊も奥多摩の山地も、その気なら首都の周囲にだって解放区に適した地形はある」と言う。
 私には正に夢を見るような話だった。胸に落ちる話ではなかったが、彼の話が中国共産党の「革命根拠地」の引写しだと言う事は、理解できない事ではなかった。更に言えば、そんな方針の下で、その後、私に与える任務を考慮して、警察に捕らわれていた間の私の節操を確かめに来たのではなかったかと思う。