前代表社員長崎真人自分史
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第三部】第十話 血のメーデー そして神奈川へ(8)
 
 私は、不審に思った。党機関同士の連絡が出来ているのなら、何故中央として地方の組織に指導したり報告を求めたりできないのか。何も人間を派遣しなくとも良い事ではないかと。
 何よりも「若き戦士」の後をどうするのかが心配だった。




 
こうして、波乱に満ちた1952年の夏過ぎ、私は単身、神奈川県に乗り込む事になった。