前代表社員長崎真人自分史
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第一部】第七話 新潟の田舎へひとり里子にやられて1年余/村松藩「長崎」の先祖(
 
 神戸から鉄道で伊部さんの故郷・越後広田までは、まる1昼夜かかったかと思う。それは北陸線から信越線に乗り換え柏崎から四つ目の駅、私たちのほかには降りる人もいない鄙びた駅だった。伊部さんの親兄弟4・5人が出迎えてくれた。伊部さんの家へは、広い田圃の中の一本道を2・30分も歩いただろうか。雪国の春、頬をなぜる風はまだ冷たかったが、好天気に恵まれて一面うららかな霞に包まれていた。道端の土手にはつくしんぼがいっぱい顔を出していた。伊部さんたちは、積もった話に夢中で、幾度も互いに顔を見合わせたり、久しぶりの故郷の風光を確かめるかのように、ゆったりとした歩調で歩いていたので、私もはじめて見る内地の田園風景に目をこらしたり土筆を摘んだりしながらついて行った。
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 1時間ほど伊部さん宅で休んでいると、村松から祖母が引き取りに来た。祖母は初めての孫との対面に期待してきたのだと思う。すぐにでも胸に抱きしめたいような風情であったが、私は応じなかった。写真で見た人と一寸違うのではないか?と凝視して動かなかった。この時の事を祖母は「ほんにどうしょうばと思った」と後々語っていた。

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