前代表社員長崎真人自分史
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第一部】第九話 上級生が敬礼して通る、まるごと古着の新入生(
 
 いずれにせよ、気骨のある人物は生きにくい世の中になってきていました。
 この年、我が家では、兄は台北高校に合格、妹の久美子は旭小学校に入学、合わせて3人の新入生が揃い、家中喜色に満ちていましたが、親としては、家計のやりくり算段で、喜んでばかりはおられなかったでしょう。
 この前年、三男・幸生が誕生し、子が5人になりました。父は、20年近く精魂傾けた教育者の道を諦め、当時、軍需会社として拡張しつつあった台湾繊維工業株式会社に転職。給料は幾分良くなったのでしょう。住まいは、同じ東門町ですが、今で言う3LDKで庭も広い借家に移りました。
 
 台北一中はエリート校ですから、比較的裕福な家庭の子弟が多く、新入生ともなれば、皆ピカピカの新調でした。中に二人だけ、目立って貫禄のある服装をした生徒がいました。一人は、身体を壊したとかで二年生に進学できず留年した人、もう一人が私でした。私は新しいものは何も準備してもらえず、制帽・制服・鞄、鞄の中の教科書もすべて、兄が4年間使い古したお古でした。兄とは四つ違いでしたが、私は体格が良い方でしたから、着るものはそっくり間に合いました。靴だけはサイズが合わず、ズックの編み上げを買って貰いました。
 私は、絶対文句を言わない約束で、頭を下げて中学に進学させてもらった手前、何も言う事はなかったのですけれども、入学祝の一家の記念写真を見ると、いかにも情けない泣きそうな表情で写っています。