前代表社員長崎真人自分史
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第二部】第八話 研究室を出て未知の世界へ()
 
長崎真人
 ラボラトリーの外では、ファシストどもに対する人民の血みどろの戦いが、今日も続けられている。そして今や、その敵味方の叫び声はいよいよ高く激しく、ラボラトリーの窓に迫って来る。
 しかし、窓の中では、中世紀風の羊皮紙の陰で、顕微鏡とピンセットと薬ビン、それらの実験器具の雑多な配列の中で、時には果てしないおしゃべりが、時には深刻な表情が、今日も意味なく繰り返されている。
  人民の生活とは縁遠い深遠なる思想と美しく調和した世界像とが、そこには描かれていくであろう。昨日もそして今日も、あたかもそこだけは自由と平和の楽園であるかのように。
 

 君が顕微鏡を覗き、プレパラートの細胞の一片一片の中に永遠の真理を探し求め、美しい調和に酔っている時、窓外の嵐の中では、人民のあらゆる自由は奪われ、平和は踏みにじられ、ファシストの魔手は祖国の独立をも売り渡さんとしている。君が顕微鏡を覗いているその瞬間にも、私の耳には明らかに聞こえる。「私たちの職場を守れ」と叫ぶ若い少女、交換手たちの声。その髪の毛を引っ張り、棍棒を振るい土足で踏みにじる武装警官の怒声を。失業者の嘆き。希望を失った青年のため息。狂ったようなアメリカンジャズ、その植民地的な雰囲気の中に税金で首をくくった男、残された幼子の泣き声。そして、人民の血の最後の滴りを今吸い取らんとするファシスト悪魔の笑い。