前代表社員長崎真人自分史
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第三部】第三話 激動の情勢下で()
 
第3話
 この1949年は、誠に慌しい激動の1年でした。まず、この1年の主な出来事を列記して見ましょう。
1月13日 共産党の提唱で第一回青年戦線統一懇談会。
17日
民主青年合同委員会結成
1月23日 第23回総選挙で共産党35議席に躍進
1月31日 中国人民解放軍北京に入城
3月7日 GHQドッジライン発表「超均衡予算」の編成を要求
4月4日 団体等規制令公布
4月20日 青共を解散、日本民主青年団準備会発足
同日
中国人民解放軍揚子江渡河・23日南京占領
5月30日 東京都公安条例反対のデモを警官隊が暴圧・橋本金二犠牲に
 
7月2日 民主主義擁護同盟結成大会
7月4日 マッカーサー声明「日本は極東の反共防壁」
同日
国鉄3万7百人の首切り通告開始
7月5日 下山事件・下山国鉄総裁が轢死体で発見
同日
東芝4千6百人の首切り発表
7月13日 国鉄6万3千人の第2次首切り通告
7月15日 三鷹事件・国鉄三鷹駅構内で無人電車が暴走
7月19日 イールズ声明「共産主義教授の追放を要求、学生ストは否認」
8月12日 逓信省2万6千5百人の首切り通告
8月17日 松川事件・東北本線金谷=松川間で列車転覆
9月15日 シャープ勧告(戦後わが国税制の基本となる)を発表
10月1日 中華人民共和国成立
11月16日 劉少奇テーゼ「人民解放軍方式をアジア全域に広める」見解を世界労連アジア大洋州労組会議で発表
そして翌年1月6日には、いわゆる「コミンフォルム批判」が出て、後に「50年問題」と言われる事になる痛苦の大混乱が始まる。