前代表社員長崎真人自分史
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第三部】第九話 弾圧に抗し青年新聞を守る(810)
 
 押し問答が2・30分も続いたところで、おまわりが近くにあった公衆電話に入った。これはまずい。応援を呼ばれてはかなわん。今だとばかりに私はスタコラ足を速めた。追って来るかと思ったが来なかった。やれやれ助かった。


 
田舎の母親が訪ねてくる
 これには参った。私は心配させまいとして「元気で働いている」と言う手紙は絶やさなかったのだが、3年間帰郷していなかった。
 私の郷里は新潟の田舎町、父は当時、中学校の臨時教員に採用されたばかりだった。そこへ町の警察署から巡査が2人来て「お宅の息子さんは今何処で何をしておられるか。住所は知らないか」と言う事だった。
 旧弊な祖父母の手前、父母は弁解の仕様もなかった。「真人は警察に追われる様な事になっているのか」「母親の愛情が足りない所為で真人はおかしな事になっているのではないか」と姑に攻められて、母親は居たたまれず、生れて初めて単身で上京してきた。これには参った。